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世界には七つの不思議があると申しますが、
私が日本に来てから沢山の「不思議」にぶつかりました。
十年以上も日本に生活すれば段々慣れているし、
初めの頃に不思議と思った事は当たり前の事へと変わって、
疑問は一つ一つ氷解。
しかし、一つの「不思議」は今までも心に残っています。
それは「棗」という果物です。
棗は中国原産、棗という漢字は二つの朿(とげ)の重なり。
とげの多い木から採った果実の意味でしょうね。
棗は古く時代より世界に広がり、
日本では万葉集の歌にも出てきますし、
近世では、正岡子規の俳句に
「棗多き古家買ふて移りけり」などがあります。
庭に棗の木がたくさん植えてある家を買い入れて
そこに引っ越したということでしょう。
子規のような病弱な結核体質には
棗の滋養が健康によさそうと思います。
あくまでも推測ですが。
棗の日本語では「ナツメ」。
出典は初夏に芽が出るから「夏目」になり、
同じく「夏芽」ともいえます。
知名度が高い日本人小説家
夏目漱石は中国でもよく知られています。
しかし、私が”棗”をテーマにして
インターネットで調べた結果、
利休棗、尻張棗、胴張棗、長棗、
平棗、鷲棗、一服入棗、碁筒棗、
壺棗、寸切、立鼓、柿茶入れ、
金輪寺、旅宿茶入れ、一閉折曉、
竹張雪吹、茶合棗・・・などなど
名前がいっぱい出て、きりがありません。
中国では「天津小棗」、「山東大棗」、「雲南金棗」
など栽培品種があります。
中国でよく売られている
生の棗(味は林檎と似ている)以外に、干し棗(紅棗)、
松脂で煮だし更に薫製したもの(黒棗)もございます。
紅棗と黒棗の栄養分はだいたい同じですが、
黒棗の滋養が体に良く合うと言われています。
ですが、
日本ではそんな沢山の品種及び加工品があるの?
と私はビックリしました。
しかし読み進んでみると、
それらは抹茶入れの茶道具の商品名でした。
この種のお茶道具の形が果物の棗に似ているから
「棗」という名前がつけられていました。
日本では茶道具の棗の認知度は
果物棗より一段上よね。
それでは果物の棗に戻ります。
棗の良さは数千年前から認識されており、
最初に神農本草経の上品(※)に収録され、
その後甘麦大棗湯(カンバクタイソウトウ)
という方剤が二千年前の漢時代の「金匱要略」
という古典書で紹介されています(大麦、甘草、棗)。
漢方には種を除いた棗の果肉がよく使っています。
その場合には「タイソウ」と読みます。
「棗なしでは漢方なし」と言っても過言ではありません。
アジアの国々では棗は庶民の栄養宝庫です。
棗の糖分は多く、カロリーも高く、
蛋白質、脂肪、ビタミンも含んでおり、
特にビタミンCの量は果物の中で一番多く含んでいるので、
棗は天然ビタミンと言われています。
中国で棗は食品として盛んに使われています。
例えば刻んで蒸しパンに載せて食欲を誘う。
白きくらげとのシロップ、棗の羊羹、
果肉をお菓子の餡に(蘇州では棗の月餅は名物です)、
さらにおぜんざいにお粥にお茶にお酒に、
などなど沢山の人々に愛用されています。
しかし、棗の食べ方について、日本では
古くから果物(菓子)としても、薬としても
よく用いられていましたが、
最近は漢方薬以外には殆ど見ることはありません。
これは本当に不思議と思います。
この不思議の原因を探すため、
私は棗と小豆のおかゆを作って
日本の友人に食べさせたことがあります。
彼は棗の皮と果肉を一緒に噛んでいました。
その表情から美味しいとは言えないことはすぐわかりました。
もう一つ例があります。
棗はプルーンより豊富な鉄を含みますが、
プルーンは皮を食べても違和感なし、
しかし棗の皮は全く美味しくなく、
さらに硬い核を除去しなければいけません。
やっぱり棗の食べ方は難しいのは事実のようです。
日本の食品加工の進歩により、 おいしい物ならメーカーにより
食べやすく加工されていきます。
剥き甘栗が好例でしょう。
即ち現代日本人の舌は肥えましたが、
歯と舌の連携は下手になったかもしれません。
だから棗に苦手意識を持つのでしょう。
すやすや茶を愛飲している皆様はいかがですか?
ちなみに「すやすや茶」には
沢山の棗を入れていますが、不思議でしょうか?
(※)神農本草経の上品・・・漢方に関する最古の資料である
「神農本草経」では薬になるものを
『上品』『中品』『下品』の3種類に分類しています。
『上品』は無毒で健康を増進するもの。
『中品』は病気の進行を止めるもので、
若干の副作用を持つもの、
『下品』は病気を治すのに使われるも、
副作用が強いため少しの量で用いるものを指します。
日常の健康維持には『上品』の素材を、
病気にかかったときには『上品』に
『中品』『下品』の素材を組み合わせて
使用していくのが漢方の基礎となっています。
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